レンタカーのナンバープレートが『わ』の歴史と由来とは?

『わ』ナンバーの歴史と由来とは?

 

レンタカーのナンバープレートとして知られる「わ」ナンバー。その歴史は意外と長く、さまざまな変遷を経て現在の形になりました。

今回は、「わ」ナンバーの誕生から現在までの流れをわかりやすくご紹介します。

 

 

1. レンタカーの始まり(1949年頃)

現在のレンタカーの前身となる「会員制ドライブクラブ」が誕生し、

普通の乗用車と同じナンバープレートが使用されていました。

 

2. レンタカー専用ナンバーの導入(1957年)

道路運送法施行規則の改正により、レンタカー専用のナンバープレートが新たに導入されました。

ただし、この時のナンバーは「黒地に白文字」で、視認性が悪く不評だったようです。

 

3. 「ピンクナンバー」の登場(1959年)

ナンバープレートのデザインが「白地にオレンジ文字」に変更されましたが、

色合いの関係で「ピンクナンバー」と揶揄されてしまいました。

 

4. 現在の「わ」ナンバーの誕生(1961年)

現在の「白地に緑文字」のデザインが採用され、この時に「わ」ナンバーが誕生しました。

以降、日本全国でレンタカーのナンバーとして定着していきます。

 

5. 「れ」ナンバーの登場(2015年頃)

沖縄県では観光客の増加に伴いレンタカーの需要が急増。

その結果、「わ」ナンバーが不足し、新たに「れ」ナンバーが使用されるようになりました。

 

「わ」ナンバーが選ばれた理由

「わ」がレンタカーのナンバーとして採用された理由には諸説ありますが、はっきりとした記録は残っていません。

 

有力な説としては以下の2つがあります。

• ナンバープレートに使用できるひらがなのうち、最後に残っていた文字が「わ」だったから。
• もともと「れ」が候補だったが、通達を受け取った担当者が「れ」を「わ」と見間違えたため、「わ」が採用された。

どちらが真相なのかは不明ですが、「わ」ナンバーはすっかりレンタカーのシンボルとして定着していますね。

 

まとめ

「わ」ナンバーは、レンタカー専用のナンバープレートとして1961年に誕生しました。

その後、沖縄では需要の増加により「れ」ナンバーも登場するなど、時代とともに変化しています。

次にレンタカーを利用する際には、ぜひナンバープレートの歴史にも注目してみてください!